小松由佳さんインタビュー「生と死のバガボンド」

2009年7月15日 記事の公開日時 11:55 pm

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小松由佳さんインタビュー「生と死のバガボンド」
 
 

『K2』。その名を聞いた事があるだろうか?
標高8,611m、世界第2位の高さを誇る山であり、その上にはかの有名な『エベレスト』しか存在しない。しかし、その登頂難易度はエベレストを越え、現在でも「登山者の4人に1人が命を落とす」と言われる魔の山である。
2006 年、そんなK2 に『日本人女性初』、困難と言われている南南東支稜ルートからは『女性世界初』の登頂に成功した一人の女性が現れた。
小松由佳。東海大学山岳部の主将を務め、数々の海外遠征を成功。K2 登頂時は若干23 歳であった。

彼女に初見した時の印象は、その経歴や偉業からは想像もつかない程、体格的にも雰囲気的にも、どこにでもいる「普通の女性」だった。だが、その言葉を聞いていくうちに、やはり尋常の人物ではないと痛感させられた。
彼女は現在、『山』へは登っていない。外の世界、とりわけそこに生きる『人々』が最大の関心なのだと言う。

「彼らはみんな、とても目が綺麗で、表情が豊かなんですよ」と、嬉しそうに語る彼女の目は、東京の混濁した文明社会に生きる私達には決して生み出せない、真っ直ぐな純粋さを湛えていた。
世界20 カ国以上の、様々な文化や人々との出会いの中で培ってきた多様な価値観と、ありのままを見つめる求めないあり方が、等身大の彼女の魅力をさらに輝かせている。

interview & text by SHIORI Akatsu

『世界』への誘い

komatsusan_webinterview01  最も影響をうけたのがTVで見たおじいさんなんですよ(笑)。
 中学校の時に、インド北部の村の営みを撮影したドキュメンタリー番組がやっていたんです。その村は、生活が貧しくて、冬になると狼が山から下りてきて羊を食べてしまうから、男たちが交代で羊小屋の番をしたりしてるんです。子供達のための学校もないんですよ。
 だけど、山のふもとに降りれば、電気も水道もある文明的な暮らしが存在するんですね。「下の町に行けば、文明的な生活があるのに、何故あなた達はこの村に固執するのか?」ってレポーターが聞いたんです。すると、長老が「ここには山があって、動物がいて、人がいる。これが私たちの幸せの全てだ」と答えたんです。
 その目がすごくキラキラしていて、「この土地に生きる」という覚悟を持って生きてるというか。それを初めて実感できたのが23歳の時で、パキスタンでのK2登山の後に、現地の山岳民の方たちと一緒に踊ったり歌ったりした時だったんですよ。学校も病院もない、物質的には貧しい暮らしをしているけれど、みんなとても目が綺麗で、表情が豊かなんですよ。
 彼らをとりまく環境は、生きるだけでもすごく厳しいんです。だから彼らにとって、「ただ生きてる」ってことがすごく特別なことなんですね。そうやって日々生きていることに感謝をしてるから、すごく(心が)豊かなんだろうなって。
多分、『豊かさ』ってそういう精神的ものなんですよ。与えられた環境の中で、「日々を生きることに感謝する」という目の光に私は惹かれたんですね。

海外から見た『日本』

 やっぱり東京は全体的に人の目が疲れているし、光がないなって思いますね。日本に帰って来た時に一番感じるのは、人の目が疲れてるってこと。それを見た時に「あぁ日本だな」って思います(笑)。
 それって、世界でも結構有名なんですよ。アフリカ人と話をした時に「日本は豊かな国なのに、何であんなに不幸な目をしてるんだ?」って聞かれたんです。フランス人にも同じようなことを言われましたし…。ショックですよね。

モンゴルの暮らし

 モンゴルではみんな伸び伸びと生きてますね。男性でも、夫婦げんかで涙を流して大声で泣いたりするんですよ(笑)。
モンゴルの草原の家に行った時、近所で男性二人が喧嘩を初めて、一人の足にナイフが刺さったんです。日本だったらびっくりするじゃないですか? だけど、次の日には喧嘩をした二人が並んで馬に乗って笑ってて。そういう喜怒哀楽が激しくて、みんな子供みたいなんです(笑)。
 モンゴルの草原って、視界が360度広がっていて、空がすごく広いんですよ。星も半円形を描いて、天の川も流れ星も常に見えるし。標高8611mのK2の山頂で見た星よりも、モンゴルの星の方が綺麗でしたね。それに、もっともっと空が近くて、夜空がとても明るかった!
 すごく感動したのは、「月が土の中から出てくる」んですよ。『ボコッ』って(笑)。 逆に、「太陽は土に落ちる」んです。太陽が沈んでも、すぐに走って追いかければ、まだそこにあるような感じがするんですよね。地球が回ってるっていうのをすごく感じました。そういう大自然のリズムの中で生きている感じですかね。

海外での辛かった体験

komatsusan_webinterview02  モンゴルとかシリアは貨幣経済じゃなかったので、お金で激変することはなかったんですが、中途半端に『お金の文化』が入ってきている所は、やっぱりお金というもので人間性が激変することがありますね。
 例えば、インドを歩いていた時に、サイクルリクシャーに轢き逃げされたんですよ。車輪が肩の上に乗っていって、肩の骨が外れてすっごく痛くて、立ち上がれなくなっちゃったんです。
その時に、近くでチャイを売っていた少年が心配してくれて、家から引っ張ってきてくれたリアカーに私を乗せて、病院とか色々回ってくれたんです。でも、最終的には「金を払え! 僕がこんなにしてあげたのに。誠意を見せろ!」みたいな言い方をされて、法外な値段を請求されたんです。2万円くらいだったかな? 最初は親切にされて嬉しいなって思っていたんですけど、境目がよく分からなくなっちゃって、少し寂しくなりましたね。

日本人(=外人)の受容と拒絶

 最初は拒絶されることもあります。けど、多くの場合は自分が文化を受け入れようとする姿勢を示せば、向こうからも受け入れてもらえますね。中には、最後まで排除される事もあるけど、それも一つの文化かなって思います。例えば、ロシアで子供に「チャイニーズ」って言われて油性の赤い塗料をかけられたんです。周りの大人はそれを見てニヤニヤしてるんですよ。すごく悲しくなりましたね。
ただ私の場合、そういうことってすぐ忘れちゃうんですよね。優しくされた人の事とか、別れが辛かった事ばかり思い出しちゃって。楽観的なんでしょうね(笑)。

『生』と『死』と

 私自身、K2を登った時、23歳でしたが「お父さんお母さん、もし私が死んだらこうして下さい」って遺書を書いていました。だから、生死の境に立っていた分、人一倍『生と死』について考えてしまうんですね。私の場合は、死ぬ事にそんな恐怖心って無くて…。『死ぬ』って、『生きる』延長線上にある自然の出来事だと思うんですよ。
パキスタンに行った時、ホテルの近くで自爆テロがあって、モスクでたくさんの人が死んだんです。外出禁止令が解除された後に外に出たら、テロの爪痕みたいなものがまざまざと街に残っていて…。けど、街ではテロがあった事がすでに『過去』になっていて、買い物をしたり働きに出たりしているんです。それを見た時に、「命ってこういうものなんだな」って思いましたね。人が生まれて、ある時死んで、
けどそれが続いていて。自分自身の目線から世界を見てるから、自分は特別なように思えるけど、本当は自分が死んでも世界は変わらずに流れていく、ただの一つの存在でしかないんだなって思いましたね。

学生へのメッセージ

komatsusan_webinterview03  旅をしてると、色々な所で早稲田大学の学生に会うんですよ。だから早稲田の学生って旅に向かっていく人が多いイメージがありますね。自分の道を求める人が多いというか。
 やっぱり旅に出て欲しいですね。世界には色んな価値観があって、色んな生き方があるってことを、若いうちに体で感じていた方がもっと視野が開けるって思いますね。机上の勉強だけでは身につかないことですから。
あとは『自然との調和』ですね。「大自然の中で人間がありのままに生きる美しさ」っていうのを是非知って欲しいです。

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