「放課後、ミステリーを読む前に」 東川篤哉氏インタビュー

2011年6月24日 記事の公開日時 3:00 pm

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「放課後、ミステリーを読む前に」 東川篤哉氏インタビュー
 
 

書店員が売りたい本ナンバーワンを決める、「本屋大賞」を2011年度に受賞。コミカルな展開から繰り出される本格トリックは、読者の笑いと驚きを誘うこと請け負い。今や時の人となったミステリー作家が語る、意外な学生時代から、作家への経緯まで。

「ミステリー」より「映画」の学生時代

 
学生時代あまり何もしてないんですよね。サークルにも入ってなかったし、授業はまともに出てましたけど…。ミステリーも高校生の時の方が読んでて、大学時代はあまり…。
法学部の法学科だったんですけど、その時の勉強は役に立ってないですね(笑)確かにミステリーが好きだから法学部ってこともあったはあったんですよ。もう少しちゃんと勉強していれば法律の知識とか役に立ちますけど、勉強しないですよね。大学生。何か役に立ったかって言ったら…。

高校時代は赤川次郎さんが好きで読んでました。ちょうど僕が高校1年の時に角川映画で『探偵物語』があったんですけど、その時角川文庫に入ってた赤川次郎さんの作品は20作くらいをまとめて読みましたね。まだ三毛猫ホームズシリーズが始まる前くらいで、『暗い森の記憶』とか『悪妻に捧げるレクイエム』とか。あと、筒井康隆さんの『時をかける少女』を。筒井さんもその時まとめて読みましたね。

大学時代はよく映画を見てました。当時はテレビで映画やることが多くて、それを全部見てたんですよ。全部。深夜のマニアックな映画も全部見てたんですよ。だからもうすごい量ですよね。

新本格ミステリーとの邂逅と、作家への道

会社が嫌で辞めて、辞めたら暇になって昔好きだったミステリーでも読もうかって感じでした。その時に有栖川有栖1さんの『月光ゲーム』を手に取ったんです。その時は新本格ミステリー2ブームで、僕が好きなトリック重視のミステリーが出てて、そのことに会社辞めてから遅れて気づいたみたいな。それで自分でも書こうと思ったんですね。会社員やってる間にワープロができるようになったので、当時ワープロ専用機を買って(笑)
 

「恋ヶ窪」との出会い〜『放課後はミステリーとともに』の舞台が恋ヶ窪なのは?〜

 
会社辞めてからは国分寺に住んでましたね。中央線沿線に住みたいっていうのはあったんですけど、どこに行ったらいいか分からなくて。そしたら渋谷の不動産屋さんが国分寺の物件を紹介して下さって、それはすごい日当たりの悪い北向きの部屋だったんですけど(笑)

僕は光文社さんで烏賊川市っていう架空の街を舞台にしたミステリーを書いているんです。そこに実業之日本社さんから依頼があったんですね。ただ、架空の街を舞台にするのは便利な面もあるんですけど、意外と書きにくい部分もあることに気付いて。

実業之日本社さんで書くときは別の舞台設定が必要なんだけど、もう1つ架空の街を作るのも馬鹿馬鹿しいので(笑)だから実在の街にしようと、恋ヶ窪に住んでるから舞台を恋ヶ窪にしました。

ミステリー作家になるには?

僕の場合、 一番役に立ったのは映画だと思います。映画は役に立つような気がしますね。ミステリー書くんだからミステリー読むのは当たり前。でもミステリー読むだけじゃなく、映画も見た方が良いと思います。ただ映画と言ってもハリウッドのCGのじゃなく、昔の映画らしい映画を見ておいた方が良いですね。

小説を「書いてない」って皆言うけど、隠れてこっそり書いてる人もたくさんいると思いますよ。僕も書いてること誰にも言わなかったですしね。コンテストに入選して、その時に初めて僕の周りの人も僕が書いてるってことに気付いて。だからきっとみんなこっそり書いてるんですよ(笑)

(文=土屋順紀)

東川篤哉 プロフィール
1968年、広島生まれ。岡山大学法学部卒業。2002年、光文社のKappa-One新人発掘プロジェクトに応募し、『密室の鍵貸します』で本格ミステリー作家としてデビュー。架空の地方都市である烏賊川市を舞台に繰り広げられる「烏賊川市シリーズ」(光文社)や、恋ヶ窪のはずれにある架空の高校「鯉ヶ窪学園」探偵部の面々が中心となって活躍する「鯉ヶ窪学園シリーズ」(実業之日本社)で知られる。2011年には『謎解きはディナーのあとで』(小学館)が本屋大賞を受賞。鯉ヶ窪学園シリーズの最新作、『放課後はミステリーとともに』(実業之日本社)は全国書店で好評販売中。

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