かっこいいだけじゃない!? 浪人武士の実態に迫る!!

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2015年5月27日 記事の公開日時 5:00 pm

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かっこいいだけじゃない!? 浪人武士の実態に迫る!!
 
 

皆がヒーローなわけではないんです…

赤穂浪士、新撰組、坂本龍馬などいわゆる「浪士」と呼ばれる武士たちは、今なお高い人気を得ている。しかし実際、浪人武士とはどのような武士たちだったのか。疑問に思ったマグ捜査員(歴女になりたい)は、早稲田大学文学部准教授の谷口眞子先生にお話を伺った。

「浪人というのは、まず江戸時代に仕事を失った武士のことを指します。初めに浪人問題が起こったのは大坂の陣(注1)の後です。それまでずっと戦争の時代が続いてきて、武士の仕事は戦うことだった。でも大坂の陣で戦いが終わって、一時的に雇われていただけの武士たちは戦うという職業を失ってしまってしまったわけです」

また、三代将軍家光の時代まで大名の取り潰しが数多く行われ、大名家自体がなくなったり石高を大きく減らされてしまったがために、家臣のリストラを行われ、武士たちはリストラされた。この二つが浪人武士を発生させた大きな原因であるのだとか。
ちなみに、かの有名な赤穂事件(注2)もお家取り潰しを発端とした事件であり、赤穂浪士たち以外にも職を失い苦労した浪人たちが数多くいたということだ。
では、武士としての勤め先を失ってしまった彼等はどのようにして生計を立てていたのだろうか。

「給料の低い下級武士であれば、当時安い仕事はたくさんあったので次の仕事を見つけることは簡単です。上級の武士でも、親戚の家に転がり込んだり、親戚が他の大名家に仕えている場合はそのつてを頼って仕官することもありました。また江戸時代後期になると寺子屋がさかんになったため、寺子屋の先生になって子どもたちに読み書きそろばんを教えたりする浪人武士もいました」

思いのほか地味だった浪人武士たちの生活。お取り潰しというと赤穂事件のように派手な騒動を起こすイメージが先行しがちだが、自分の意志とは無関係に職を失ってしまった武士たちの中には、現実的かつ堅実的に生きている者たちもたくさんいたのである。では、お取り潰しがなくなった後、浪人とはどのような武士たちを指すようになっていったのか。

「幕末になると、坂本龍馬のような自らの意思で脱藩する『脱藩浪士』が誕生しました。彼らは西洋の脅威を目の当たりにし、また様々な思想を持つ他藩の藩士たちと交流したことによって『藩』よりも『日本』が重要であり、それぞれの大名に縛られる必要はないという考えを持ったのです」

浪人武士とは時代の流れとともに『失業武士』だけでなく自発的な『脱藩浪士』も指すようになったのである。本来は前者の方が江戸時代を通して見られた浪人であり、後者は幕末になってから多く見られるようになった。浪人武士が人気を集めていることは冒頭で述べたが、現在スポットライトを浴びているのは主に後者の浪人である。そしてその人気を支える要因の一つは時代劇や時代小説、さらには歴史系のゲーム・漫画である。しかし谷口先生はそのことを危険に感じているという。

「ドラマなどはドラマチックな方が面白いからフィクションが多くなりますよね。だから見ている人に詳しい知識がない場合、史実とフィクションがないまぜになってしまう。歴史上の出来事や人物について、フィクションの世界で作られたイメージが先行してしまうのはもはや娯楽の域を超えてしまっていて、とても危険だと思います」

しかし、ドラマや小説がきっかけで歴史を好きになって、そこから発展して史実にも関心を持つようになることは悪いことではないと谷口先生は付け加える。ドラマチックなものでないところも歴史の面白いところだと。
浪人たちは、私たちが持っているイメージのようにはドラマチックに人生を生きていない。わくわくさせられるフィクションの方が楽しいかもしれない。しかし史実の中の浪人たちにもフィクションとは違った奥深さがあるだろう。たまには、ちょっぴり地味ながらも懸命に生きた浪士たちに関心を向けてみてはいかがだろうか。 (文=若林聖彩)


(1)大坂の陣・・・徳川の江戸幕府がが豊臣を滅ぼした戦い
(2)赤穂事件・・・江戸時代、赤穂藩主浅野内匠頭が旗本の吉良上野介に切り掛かるも未遂に終わり、浅野は切腹、赤穂藩は取り潰された。しかし浅野の遺臣である赤穂浪士47名が吉良の屋敷に討ち入り、主君が討とうとしていた吉良上野介を討ち取った事件。歌舞伎や浄瑠璃の「仮名手本忠臣蔵」の題材。

プロフィール
谷口眞子(SHINKO TANIGUCHI)
早稲田大学文学学術院准教授。近世の日本の法や、武士の精神などを研究している。主な著書として『赤穂浪士の実像』(吉川弘文館、2006年)、『武士道考ー喧嘩・敵討・無礼討ち』(角川叢書、2007年)などがあるほか、国内外でのシンポジウムでの発表も数多く行っている。

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